2018年にプレイしたゲームに関する雑感

プレイの度合い順に書いていく。古いゲームをセールで買っていることが多いのであまり目新しさはないかもしれない。

トロコン

TES V: Skyrim

基本的にトロコンを意識するのはだるいと思っているのでやらないんだけど、4キャラ作って700時間以上やってたら自然とトロコンが見えてきたので一応消化。トロコンが見えてきてしまったのでMod入れていない。しばらくしたらMod遊びをしたい。

クリア

どのような形であれクリアしたもの。

Tom Clancy'w Splinter Cell Blacklist

ステルスゲーム。少し古いゲームなのでオンラインに人がいないのが不満ではあるが、一応最高難易度でメイン及びチャーリーミッション(とにかくむずい)とブリッグズミッション(フレンドかオンラインマッチング必須)以外のサブミッションをクリアするぐらいにはやりこんだ。

アサシンクリードオリジンズ

ステルス暗殺アクション。これもだいぶやりこんだと思う。レベルがカンストしたデータで強くてニューゲームをやると最高難易度でもそんなにステルスしなくてもどうにかなってしまうことが判明したので、しばらく間をおいて完全ニューゲームで最高難易度の攻略をやろうと思う。

The Witcher 3

DLC込で最後までクリア。一度目のクリア後、シナリオ分岐情報を調べてもう一回クリアした。

Dragon's Dogma: Dark Arisen

Skyrim と似たような時期に出て当時の広報が Skyrim を意識した言及を行っていたとかで評判を調べると Skyrim と比べられていたりするゲーム。でも完全に別ゲー。

アクションが非常にしっかりしており、ラスボスもちゃんとアクションとして操作すれば回復薬無しでクリアできる。あとキャラクリが非常に良い。モンハンワールドの画像が流れてくるに連れどうしてそうなったんだ......という感じがする。装備も Skyrim とかに比べてシャレオツに組みやすい。リプレイ性という点に関しては(3周くらいして)もうやり尽くしたかなと言う感じがして多分もうやらない。

Mark of Ninja

2D ステルス。それなりに楽しかった以外の感想は特にない。

NieR:Automata

ポストアポカリプス的雰囲気のあるヴィジュアルと音楽がとても良い。一方でカメラワークやゲームジャンルの混在に関する問題があった。前者はおそらくプラチナゲームズの問題であり後者はプロデューサーのゲーム観の問題であろうと思う。雰囲気を取り払った上でやりたいかというと、うーんとなる。

Dishonored

Bethesda 製のステルス暗殺アクション。と言っても殺しすぎるとバッドエンドになる。一周目バッドエンドになってしまって、二週目難易度を下げて不殺プレイをしてグッドエンドを見ることができた。あとはチャレンジとして難易度を上げながら不殺や見つからないプレイをできるか試していきたい。

プレイ中

Bladed Fury

程よい難易度のアクションゲーム。中国の戦国時代を舞台として史実とフィクションを織り交ぜたシナリオ。程よい難易度でやりごたえがある。

Titan Souls

ドット絵シューティングアクション。小さな部屋でその部屋を守る敵と1対1。ライフも敵・PC共通で1。つまり一発当てれば勝つし、一発当てられれば死ぬ。基本的には相手の行動パターンを学習してその一発を当てるスキを作るというものなのでアクションパズルであるとも言える。とにかくプレイに集中力がいるので週末に気が向いたらやるという感じ。

Life is Strange

初ウォーキングシミュレーター。ノベルゲームは文章量あたりのユーザーの自由な選択の割合が小さいので進める気にならない。ウォーキングシミュレーターは結局ある目的地に行くということが決まっているのだとしても寄り道したり視線の向きを変えたりできるのでまだシナリオを飲み込まされている感が少ない。今のところ続けるモチベーションはある。

Tom Clancy's Splinter Cell Conviction

それなりに進めてみているのだけど、ブラックリストゲームパッドの割当がぜんぜん違うので、スプリンターセルのやり残しが終わるまでは頻度控えめ。

ちょっとだけ触って積み

ほぼシナリオを忘れないうちに続きをやらねばならないゲームを優先させるために積んでいるゲーム達。

Undertale

初めの戦闘でどうすればキル回避できるかわからずキルしてしまったのでしばらく周辺情報を集めてニューゲームしたい。

プレイほぼ挫折

Mighty No. 9

ラスボスまでは行けたが、ラスボス倒せない理由が連打力なのかなーみたいな感じでよくわからないので放置してる。

Mad Max Retail LV

あの映画のマッドマックスのゲーム。格闘はヌルめ爽快感があるけど車の運転が難しく何度チャレンジしてもクリアできない感じがしたのでやっていない。

Fallout 4

ラッドローチに狂乱して銃を撃ちすぎて序盤から弾がなくにっちもさっちも行かなくなったが、ニューゲームしてラッドローチに再び向き合う気力もないので多分やらない。

Hellblade: Senua's

雰囲気が重厚なのがいい。バトルもアクション要素のあるゲームに慣れていれば簡単な割にエフェクトがかっこいいので良い。しかし道中の謎解きが疲れ目になりやすい人間にはとても苛立たしいもので、意図的に暗めに設定されているゲーム世界で視覚パズルをやる気がなくなったので挫折。

Dark Soul II, III

The Witcher 3 の評価に「戦闘はDark Soul 系」というのがあったので購入してみた。戦略を考えるにあったてどうトライアルしたら良いのかわからず無理ゲーっぽさを感じたので挫折。初めに II をやって、III ではましになってるかもって思ってやったけど両方よくわからないのでしばらく寝かす。チュートリアルがないに等しいような気がするのだけど予めマニュアル読めば解決するような感じなのだろうか。

Near Death

南極基地で遭難したという設定のウォーキングシミュレーター寄りのサバイアバルゲーム。よりもいバーチャル聖地巡礼枠で購入。日本語化Modなし。というわけで英語でプレイしている。しかし本作品は寒さで体力が削られるという設定なのであんまり英文を読むのに時間をかけていられない。もっと英語力が上がるまでPEND。

Beyonetta

NieR:Automataの開発を担当したプラチナゲームズのアクションゲーム。視線移動が意味不明。 NieR:Automata でも謎の視線固定をされることがあって「これは狭いところで不慣れなプレイヤーがわけのわからない方向を見てパニクらないようにしているのかな」って思ってたんだけど単純に技術か思想の問題であろうということがわかった。

飽きた

Recetter

レミュオールの錬金術師(フリゲ)にローグライクアクションをつけたような感じ。あまり新しさを感じなかった。

Chrono Trigger

スーファミ時代にリアルタイムでやらなかったのでやってみたけど、操作感が微妙なのと、セーブのタイミングが自由でないのがいかにも昔のゲームと言う感じで今やる気分ではないかなと。

AER

飛び続けるモチベーションを失った。

Far Cry 3, アサクリ 4BF, シンジケート

アサシンクリードオリジンズがあまりにも面白かったので過去作をほっていった結果。 高いところに登ってマップを開放し、発見した敵の拠点にスニークで近づき制圧する。全部やってることは同じではないかと思うと白けてきた。あとBFはパイレーツクリードだしシンジケートはギャングスタクリードだし、忍べよという。

The Witcher 1 (Enhanced Edition), 2

3 の登場人物の過去を知りたくなったのでやってみたけ3に比べるといろいろとプレイの持続を妨げる要因があり挫折。

補足など

ニセ科学批判の構造試論 - bluesy-kのブログ

先ず科学の範囲が分かってない、また科学だけでなく「学問」とは何かも分かってないかと。/ 特定の場所でニセ科学批判が目立ってるのは確かだが、科学コミュにケーションは昔からあるのにこのての話で無視されがち

2018/02/12 18:08
b.hatena.ne.jp

後者に関しては、サイエンスカフェやら市民講演やら最近のものしか見えていないということならまあそうですね。 前者に関しては(ブコメされた時点では全く共有されていることを前提とすべきでない)文脈としてはこのあたり( 日本人の、特に年齢高い人たちは科学技術立国といった言葉が好きだが、実際現在... - 科学技術立国 - tick2tack - はてなハイク)なんでしょうが、端的に言って批難されるべき罵倒にすぎないでしょう。

ニセ科学批判の構造試論

問題は「科学に疎い人たちにとって科学とはどのように受け入れられているか」です。

科学者による科学論や、科学哲学は「科学者にとって科学がどのように受け入れられているか」に主な焦点が当たっています。

では科学に疎い人たちにとって科学とはどのようなものなのでしょうか。おそらく重要なのは次の二点です。

  • ブラックボックス性:仕組みがよくわからない
  • 権威性:にも関わらずなんかうまくいくし、それは科学者が実験したり理論的に考察したりしているおかげらしい。

ニセ科学批判が最終的に目指していることをニセ科学という言葉を使わずに表現するのなら「公益を損なう非科学的言説に関する啓発活動」となります。 それぞれの性質に対応して以下のような啓発活動が考えられます。

  • ブラックボックス性:市民講演やサイエンスカフェといった誰も何も言わないようなポジティブな要素しかない活動
  • 権威性:科学的知識をホワイトボックスにするには限界がある(本当にきっちりやるのなら学部を卒業できる程度の時間をかけてもらわなくてはならない)ので「科学者の実験に関する知見あるいは理論的知見から考えて間違いである」という情報を発信していく

と言うものです。前者はストレート・アヘッドな活動なので物議を醸すことは多分あまりありません。しかし後者の筆頭候補であるというニセ科学という言葉を用いた印象操作は悪いものを悪いと思ってもらうための行為なのです。最悪訴訟に発展します。その場合悪いといわれたほうは良い気分にはならないでしょう。したがって倫理的にどうなのかということを一切考えずに後者の活動を行うことは出来ないと思います。

ニセ科学批判と呼ばれる営みを行うにあたってニセ科学という言葉をどのように扱うべきか

はじめに

この文章は 科学とニセ科学のはなし|TAKESAN|note (以下[TAKESANニセ科学 ]で参照)に対する感想をまとまった文章の形に起こし、それを枕として私自身がニセ科学批判という営みやニセ科学という言葉について考えていることを述べるものです。

--追記 2018/02/04/18/06 頃 -- メタブに対する返信

そもそも [TAKESANニセ科学] にはてブをしていたのですが内容を更に編集しようとしてミスって消してしまったので、Twitter連動の方をここに埋め込んでおきます。

メタブにてご反応いただいていたのでそれに対する返信から始めます。

詐欺や意図を云々するかたは、私の主張を捉え損なっているのでは。私は、ニセ科学の範囲を「より広く取る」べき、と言っているんですけれどね。その条件付加すると、射程を狭めざるを

もしかして、ここで言っているようなこと、分かりにくいですか? そういう意見があれば、改めて説明しますけれど。

2018/02/04 00:36
b.hatena.ne.jp

一応三読はしたのですが、冒頭で議論の動機が書かれていない等の理由により何のための議論なのかがよくわかりませんでした。2006年ごろから言われている(た?)「ニセ科学だからといって批判対象とは限らないし将来科学になるかもしれませんよ」みたいな話なら存じております。

bluesy_kさんのツイート: "「疑似科学を批判するべきか否か」「どのような疑似科学を批判するべきか」という問いたては倫理の問題であり「科学とは何か疑似科学とは何か」という問いたて

相手の文章を碌に読んでいないじゃないですか。私は、前者に関わる要素を後者の定義に組み込むべきでない、と言っているんですよ。そんなんでどうこう言われましても。しかも見落としていたとか平気で書いているし。

2018/02/04 08:42
b.hatena.ne.jp

あとから付け加えた「見落としてた」は軽口に感じられたら失礼しました。 それ以外については憤りを感じるほどに碌に読めていないと感じられたなら申し訳ございません。 ただ読めた範囲でコメントしたと思っています。

はてなブックマーク - bluesy_kさんのツイート: "「疑似科学を批判するべきか否か」「どのような疑似科学を批判するべきか」という問いたては倫理の問題であり「科学とは何か疑似科学とは

私は、境界設定問題にも触れて、それの答えは出ない(ラウダンを念頭に置いて)と書いています。しかし、だからといって定性的な定義の雑さを放っておいて良いとはなりません。出来る所は整理して厳密にすべきです。

2018/02/04 08:45
b.hatena.ne.jp

この点に関しては私の主張は

科学哲学における線引き問題に関する議論はニセ科学批判の参考にはなったが、そもそもニセ科学批判と線引き問題では文脈が異なり必ずしも完全に科学哲学の線引き問題の言葉遣いや概念整理に寄り添う必要はない

というものになります。そのようなやり方でどのように「ニセ科学ニセ科学批判」というものを考えていくかについては文章の最後で簡単に述べます。

[TAKESANニセ科学] について

まず [TAKESANニセ科学] の冒頭では科学のとりあえずの定義として

自然現象や社会現象の構造、因果関係について、調査・観察・実験などから得られたデータを数理的に解析する事で解明・追究する営み、および、それによって構築された知識の体系

と述べられています。特記事項としては強調付きで「営み及び知識の体系」と述べていることが挙げられます。。しかし、営みと知識の体系はクラスが異なる概念です。このような営みとその営みの産物を特に区別しないようなあいまいな定義は日常用語ではよく見られます。したがってこのような定義から始めた時点で日常用語としての用語定義に強くより寄り添っていることになります。

では翻って「ニセ科学」という言葉の扱いはどうでしょうか。

科学のような主張や言説であるが、実際の科学の知見からかけ離れているもの

とかなりかっちりとした定義を与えられています(主張と言説は同じクラスかかなり近いクラスにあるといえるでしょう)。 しかし「ニセ科学」という言葉は非常に新しい新語なのです。したがってその日常言語的定義となると、用いられ方を分析して大体この辺りが社会的合意の最低ラインであろうということを確認しなくてはなりません(この辺は三省堂の「今年の新語」企画の周辺などを眺めていれば雰囲気はわかると思います。)。

ニセ科学という言葉の使われ方のウェブ上での歴史を追ってみましょう。 グーグルの期間指定機能を使いながら掘り下げていくと 水商売ウォッチングLIVE!とはなにか がWeb初出なのではないかと思います。

さらに詰めるのならば天羽さんにニセ科学という言葉を何かから借りたのかを聞く必要があります。 またNHK視点・論点に菊池さんが出演してニセ科学について語ったことも国全体への普及に関するマイルストーンとして考えて、それ以前それ以後で整理するべきかもしれません。 しかし、そのようなことをする意味がないというのがこの文章の趣旨なのでそこは省略します。

定義を改めて紹介したくなるような言説が散見されること自体が日常言語的定義に寄り添うという立場ではおそらく2000年代前半的な意味では「ニセ科学」という言葉を共有できなくなりつつあるということを示唆しているといえるのではないでしょうか。つまり日常用語としてのニセ科学という言葉は曖昧語と化しているのではないでしょうか。

そのような状況でニセ科学という言葉をちゃんと定義を与えられた言葉とするならばまず目的を定めてその目的を達成するために必要な形に再定義するべきでしょう。

目的から考える「ニセ科学」という言葉で指し示すべき対象

以上が [TAKESANニセ科学] に対する感想です。以下に関連する私の考えを述べます。

そもそもなぜ「ニセ科学批判」などと呼ばれている営みをする必要があるのでしょうか。 それは一部の非科学言説が意図的に詐欺を行うために用いられていたり、悪意はなくともある非科学的言説が公益を大きく損なうことがあるからです。 そして科学的知見でその悪意を防いだり公益を守ったりできるからです。 このラインでニセ科学というものをとらえるとニセ科学の定義が狭まってしまうというのが TAKESAN さんのご指摘なのですが、一般に定義は狭ければ狭いほうがそれが何を指し示すのかがはっきりして良いと思います。 そして科学者やそうでなくても科学的知識を持っているものが行うべきはこのラインの狭い定義のニセ科学批判だと思います(学術コミュニティでのマージナルなものへの批判はまた別の話として)。

上記の議論と関連してメタブへの返信で述べた「ニセ科学批判と科学哲学では文脈が違う」ということについてそれぞれで「ニセ科学疑似科学」というものに言及することによって何を達成したいのかに関する認識を明示的に示すと

  • ニセ科学批判の文脈:倫理的営みのためのガイドライン設定
  • 線引き問題の文脈:科学それ自身に対する科学的営みとしての準二値分類問題の達成

となります。

また少なくとも将来科学になるかもしれないものに関してはそれをあえてニセ科学と呼ぶことは委縮しか生まないので科学自体にとってもよくないと思います

誤記に関する修正とお詫び

本文中においてTAKESAN氏の名前をTAKESEN氏と誤表記していました。TAKESAN氏(id:ublftbo)には大変失礼いたしました。申し訳ございません。

またご指摘いただきました id:locust0138 さんに感謝いたします。。

Chrome 拡張棚卸し

【2017年版】これは便利!おすすめのChrome拡張機能30選

を見て自分は何をどういう理由で入れてるんだろうって思ったので入れている拡張を棚卸ししてみる。

必須でもないかもしれないけど汎用部門

この2つがあればAdBlock相当のことはできるのではないかという気がする。

作業途中で力尽きたのでとりあえずログ。

キーマップについて思うこと

  • 数字列使いたくないでござる(よくタイポする)
  • できれば独自修飾キーによる新規アサインは ASD… の列しか使いたくない。あるいはその列を中心に使いたい
  • 日本語キーボードを使用して無変換・変換両キーを独自修飾キーとして使う。

  • 後方互換性が低すぎる改変を行うと慣れる気が萎える。

  • 数字列をasd列にマップしてみたが記号はともかく数字それ自身はあんまり使わない。

この辺を取り込んで修正しないとなあ。