補足など

ニセ科学批判の構造試論 - bluesy-kのブログ

先ず科学の範囲が分かってない、また科学だけでなく「学問」とは何かも分かってないかと。/ 特定の場所でニセ科学批判が目立ってるのは確かだが、科学コミュにケーションは昔からあるのにこのての話で無視されがち

2018/02/12 18:08
b.hatena.ne.jp

後者に関しては、サイエンスカフェやら市民講演やら最近のものしか見えていないということならまあそうですね。 前者に関しては(ブコメされた時点では全く共有されていることを前提とすべきでない)文脈としてはこのあたり( 日本人の、特に年齢高い人たちは科学技術立国といった言葉が好きだが、実際現在... - 科学技術立国 - tick2tack - はてなハイク)なんでしょうが、端的に言って批難されるべき罵倒にすぎないでしょう。

ニセ科学批判の構造試論

問題は「科学に疎い人たちにとって科学とはどのように受け入れられているか」です。

科学者による科学論や、科学哲学は「科学者にとって科学がどのように受け入れられているか」に主な焦点が当たっています。

では科学に疎い人たちにとって科学とはどのようなものなのでしょうか。おそらく重要なのは次の二点です。

  • ブラックボックス性:仕組みがよくわからない
  • 権威性:にも関わらずなんかうまくいくし、それは科学者が実験したり理論的に考察したりしているおかげらしい。

ニセ科学批判が最終的に目指していることをニセ科学という言葉を使わずに表現するのなら「公益を損なう非科学的言説に関する啓発活動」となります。 それぞれの性質に対応して以下のような啓発活動が考えられます。

  • ブラックボックス性:市民講演やサイエンスカフェといった誰も何も言わないようなポジティブな要素しかない活動
  • 権威性:科学的知識をホワイトボックスにするには限界がある(本当にきっちりやるのなら学部を卒業できる程度の時間をかけてもらわなくてはならない)ので「科学者の実験に関する知見あるいは理論的知見から考えて間違いである」という情報を発信していく

と言うものです。前者はストレート・アヘッドな活動なので物議を醸すことは多分あまりありません。しかし後者の筆頭候補であるというニセ科学という言葉を用いた印象操作は悪いものを悪いと思ってもらうための行為なのです。最悪訴訟に発展します。その場合悪いといわれたほうは良い気分にはならないでしょう。したがって倫理的にどうなのかということを一切考えずに後者の活動を行うことは出来ないと思います。

ニセ科学批判と呼ばれる営みを行うにあたってニセ科学という言葉をどのように扱うべきか

はじめに

この文章は 科学とニセ科学のはなし|TAKESAN|note (以下[TAKESANニセ科学 ]で参照)に対する感想をまとまった文章の形に起こし、それを枕として私自身がニセ科学批判という営みやニセ科学という言葉について考えていることを述べるものです。

--追記 2018/02/04/18/06 頃 -- メタブに対する返信

そもそも [TAKESANニセ科学] にはてブをしていたのですが内容を更に編集しようとしてミスって消してしまったので、Twitter連動の方をここに埋め込んでおきます。

メタブにてご反応いただいていたのでそれに対する返信から始めます。

詐欺や意図を云々するかたは、私の主張を捉え損なっているのでは。私は、ニセ科学の範囲を「より広く取る」べき、と言っているんですけれどね。その条件付加すると、射程を狭めざるを

もしかして、ここで言っているようなこと、分かりにくいですか? そういう意見があれば、改めて説明しますけれど。

2018/02/04 00:36
b.hatena.ne.jp

一応三読はしたのですが、冒頭で議論の動機が書かれていない等の理由により何のための議論なのかがよくわかりませんでした。2006年ごろから言われている(た?)「ニセ科学だからといって批判対象とは限らないし将来科学になるかもしれませんよ」みたいな話なら存じております。

bluesy_kさんのツイート: "「疑似科学を批判するべきか否か」「どのような疑似科学を批判するべきか」という問いたては倫理の問題であり「科学とは何か疑似科学とは何か」という問いたて

相手の文章を碌に読んでいないじゃないですか。私は、前者に関わる要素を後者の定義に組み込むべきでない、と言っているんですよ。そんなんでどうこう言われましても。しかも見落としていたとか平気で書いているし。

2018/02/04 08:42
b.hatena.ne.jp

あとから付け加えた「見落としてた」は軽口に感じられたら失礼しました。 それ以外については憤りを感じるほどに碌に読めていないと感じられたなら申し訳ございません。 ただ読めた範囲でコメントしたと思っています。

はてなブックマーク - bluesy_kさんのツイート: "「疑似科学を批判するべきか否か」「どのような疑似科学を批判するべきか」という問いたては倫理の問題であり「科学とは何か疑似科学とは

私は、境界設定問題にも触れて、それの答えは出ない(ラウダンを念頭に置いて)と書いています。しかし、だからといって定性的な定義の雑さを放っておいて良いとはなりません。出来る所は整理して厳密にすべきです。

2018/02/04 08:45
b.hatena.ne.jp

この点に関しては私の主張は

科学哲学における線引き問題に関する議論はニセ科学批判の参考にはなったが、そもそもニセ科学批判と線引き問題では文脈が異なり必ずしも完全に科学哲学の線引き問題の言葉遣いや概念整理に寄り添う必要はない

というものになります。そのようなやり方でどのように「ニセ科学ニセ科学批判」というものを考えていくかについては文章の最後で簡単に述べます。

[TAKESANニセ科学] について

まず [TAKESANニセ科学] の冒頭では科学のとりあえずの定義として

自然現象や社会現象の構造、因果関係について、調査・観察・実験などから得られたデータを数理的に解析する事で解明・追究する営み、および、それによって構築された知識の体系

と述べられています。特記事項としては強調付きで「営み及び知識の体系」と述べていることが挙げられます。。しかし、営みと知識の体系はクラスが異なる概念です。このような営みとその営みの産物を特に区別しないようなあいまいな定義は日常用語ではよく見られます。したがってこのような定義から始めた時点で日常用語としての用語定義に強くより寄り添っていることになります。

では翻って「ニセ科学」という言葉の扱いはどうでしょうか。

科学のような主張や言説であるが、実際の科学の知見からかけ離れているもの

とかなりかっちりとした定義を与えられています(主張と言説は同じクラスかかなり近いクラスにあるといえるでしょう)。 しかし「ニセ科学」という言葉は非常に新しい新語なのです。したがってその日常言語的定義となると、用いられ方を分析して大体この辺りが社会的合意の最低ラインであろうということを確認しなくてはなりません(この辺は三省堂の「今年の新語」企画の周辺などを眺めていれば雰囲気はわかると思います。)。

ニセ科学という言葉の使われ方のウェブ上での歴史を追ってみましょう。 グーグルの期間指定機能を使いながら掘り下げていくと 水商売ウォッチングLIVE!とはなにか がWeb初出なのではないかと思います。

さらに詰めるのならば天羽さんにニセ科学という言葉を何かから借りたのかを聞く必要があります。 またNHK視点・論点に菊池さんが出演してニセ科学について語ったことも国全体への普及に関するマイルストーンとして考えて、それ以前それ以後で整理するべきかもしれません。 しかし、そのようなことをする意味がないというのがこの文章の趣旨なのでそこは省略します。

定義を改めて紹介したくなるような言説が散見されること自体が日常言語的定義に寄り添うという立場ではおそらく2000年代前半的な意味では「ニセ科学」という言葉を共有できなくなりつつあるということを示唆しているといえるのではないでしょうか。つまり日常用語としてのニセ科学という言葉は曖昧語と化しているのではないでしょうか。

そのような状況でニセ科学という言葉をちゃんと定義を与えられた言葉とするならばまず目的を定めてその目的を達成するために必要な形に再定義するべきでしょう。

目的から考える「ニセ科学」という言葉で指し示すべき対象

以上が [TAKESANニセ科学] に対する感想です。以下に関連する私の考えを述べます。

そもそもなぜ「ニセ科学批判」などと呼ばれている営みをする必要があるのでしょうか。 それは一部の非科学言説が意図的に詐欺を行うために用いられていたり、悪意はなくともある非科学的言説が公益を大きく損なうことがあるからです。 そして科学的知見でその悪意を防いだり公益を守ったりできるからです。 このラインでニセ科学というものをとらえるとニセ科学の定義が狭まってしまうというのが TAKESAN さんのご指摘なのですが、一般に定義は狭ければ狭いほうがそれが何を指し示すのかがはっきりして良いと思います。 そして科学者やそうでなくても科学的知識を持っているものが行うべきはこのラインの狭い定義のニセ科学批判だと思います(学術コミュニティでのマージナルなものへの批判はまた別の話として)。

上記の議論と関連してメタブへの返信で述べた「ニセ科学批判と科学哲学では文脈が違う」ということについてそれぞれで「ニセ科学疑似科学」というものに言及することによって何を達成したいのかに関する認識を明示的に示すと

  • ニセ科学批判の文脈:倫理的営みのためのガイドライン設定
  • 線引き問題の文脈:科学それ自身に対する科学的営みとしての準二値分類問題の達成

となります。

また少なくとも将来科学になるかもしれないものに関してはそれをあえてニセ科学と呼ぶことは委縮しか生まないので科学自体にとってもよくないと思います

誤記に関する修正とお詫び

本文中においてTAKESAN氏の名前をTAKESEN氏と誤表記していました。TAKESAN氏(id:ublftbo)には大変失礼いたしました。申し訳ございません。

またご指摘いただきました id:locust0138 さんに感謝いたします。。

Chrome 拡張棚卸し

【2017年版】これは便利!おすすめのChrome拡張機能30選

を見て自分は何をどういう理由で入れてるんだろうって思ったので入れている拡張を棚卸ししてみる。

必須でもないかもしれないけど汎用部門

この2つがあればAdBlock相当のことはできるのではないかという気がする。

作業途中で力尽きたのでとりあえずログ。

キーマップについて思うこと

  • 数字列使いたくないでござる(よくタイポする)
  • できれば独自修飾キーによる新規アサインは ASD… の列しか使いたくない。あるいはその列を中心に使いたい
  • 日本語キーボードを使用して無変換・変換両キーを独自修飾キーとして使う。

  • 後方互換性が低すぎる改変を行うと慣れる気が萎える。

  • 数字列をasd列にマップしてみたが記号はともかく数字それ自身はあんまり使わない。

この辺を取り込んで修正しないとなあ。

脱ポインティングデバイス案

経緯

  • 昔から enthumble 使ったり、記号キーやテンキーをまたぐのを嫌って左手マウスにしたり極力ホームポジション離れたくない派
  • いつからかThinkPadトラックポイントキーボードが手放せない体質になってしまった(ちなみに膝置き派なので本当に代替が効かない)。
  • しかし、現行のThinkPadのUSB外付けキーボード0B47208はUSBコネクタが三ヶ月も経たないくらいで壊れてしまった。
  • そこでヤフオクで一つ昔の55Y9024を調達して使用している。安っぽいなとは思うもののトラックポイントがついててまともに動く。それだけで割りと満足。
  • ただ、音はチャカチャカなるのが結構自分でも気になる。
  • 春になってマンションの近隣住人が変わりその人は気になるようで壁ドンを頻繁に食らうようになってきた(深夜とかではないのだけど)。

  • 5000円位の比較的安めの静音キーボードとペリックスのとりあえず動くタッチパッドをどうにかしてドッキングして一つのデバイスとして扱えるようにするべく四苦八苦
    • 手への負荷を左右対称にしたいのでパッドをつける位置は上か下にしたい。
      • 上:キーボードが傾斜かかっているやつなのでなんか不自然
      • 下:今度は逆にキーボード側が低すぎる。
      • スチレンボードを一枚使ってどうにか工作出来ないか削ったりしない範囲で試してみたがどうにもなりそうにない(カッターとか鋸刃はそれなりに音がなるのでまた怒られが発生するので奥の手である)。

結論

  • ポインティングディバイスを一切使わないようにすればいい
  • サーバーに入って tmux 立ち上げている時のペインみたいに各アプリを扱える程度にキーボードショートカットに習熟すれば良い。
  • ただ、アプリ内のキーボードショートカットという話がある
    • 網羅的にアプリケーションのショートカットをおぼえまくるというのは記憶力が良ければそうしたいところだけど現実的ではない。
    • この項目の達成に関してはまず使用するアプリケーションを厳選するということが必要である。